2017年11月17日 (金)

旅の思い出・欧州ヒッス撮りー「ファインダーを曇らせた像」。

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美味しいものばかり食べていては、幼くして亡くなった子供さんたちに申し訳ないので、また歴史を学ぶ跡地に足を運んだ。

リディツェ村というところである。この村の名前へは映画で知った。

今夏「ハイドレッヒを撃て」という映画が上映されたことからである。ヒトラーの片腕とも言われた彼が暗殺されたのである。彼を寵愛していたヒトラーは怒り狂ってリディツェ村を襲撃し跡形もなくし、地図上から消滅させたのだ。

なんの根拠もない村を。地図の上に鉛筆を置き倒れた芯の先の村を壊滅させたのである。男性は全員銃殺、女性は収容所、金髪そして青い目以外の子供を除き他の子供82人も殺されてしまったのである。

当時の村の模型を見る限り、その村は楽園のように美しく絵に描きたくなるほど風光明媚なところであった。現在見る影もなく、緑豊かな公園に生まれ変わった。その中程に82体の子供のブロンズ像が立っている。

「明るい未来・希望」という願いを込め造られた。子供たちのブロンズ像は一人ひとり寂しげではあるが、瞳は遠く未来を見つめいるかのよう輝き、決して後ろは振り向かないという決心のようなものを感じた。その目に私は少し救われた。

突然、像を見つめ一人ぽつりと立っていたKさんが、大きな声を張り上げ泣き出した。その情景と子供達の愛おしい瞳が私のファインダーを一気に曇らせた。

緩やかな丘を越えるとバスが待っている。菩提樹の木陰に伸びる細い道。流れ落ちる涙を必死に抑え、小さくなっていく像を何度も振り返った。私にとって一生忘れることのない情景となった。

旅の思い出・欧州ヒッス撮りーは、これでおしまい(涙)。読んでいただきありがとうございました。

2017年11月16日 (木)

旅の思い出・欧州ヒッス撮りー「アール・ヌーボーの傑作」。

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プラハの夜は何と言っても老舗ビヤホール・ウフレクの黒ビール。

口当たりが軽く飲みやすい。クネドリーキにビーフシチューをほうばりながらの飲み放題はありがたい。

今回の旅での贅沢は何と言ってもスメタナホールでのクラシックを聴くことだ。このホールではスメタナの命日(5月12日)にちなみ交響曲「我が故郷」を演奏しプラハの春の音楽祭が開催されることでも世界的に知られている。

アール・ヌーヴォー様式の建物は装飾が素晴らしく、そこにはミュシャの作品もあしらわれ多くの観光客の目を引く。

中に入っている高級レストランでのランチも見逃せない。トイレの美しさにもつい私は声を上げてしまったほど。

舞台とは程よい距離間、60人が奏でる演奏は大波が押し寄せてくるような大迫力。2時間たっぷり臨場感ある至福の時間に浸ることができた。

2017年11月15日 (水)

旅の思い出・欧州ヒッス撮りー「鴨料理に舌鼓」。

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プラハ城は何度か描いている。

6年前に行った時は城内にすんなり入れたが、昨年あたりからテロを警戒し厳重な検問を受けてからの入城となった。時間帯によっては1時間半も並ぶそうだ。

何処も混み合っていて、カレル橋などは仙台七夕祭りのように混み合い容易に前に進むことができない。

翌日は半日自由行動があったので、野村先生と仲間3人でヴルタヴァ川からチェコ城を眺めながら散策を楽しんだ。今回の旅は悲しい昔の歴史を学ぶばかりではなく、楽しい時間も設けられていた。

途中野村先生がどうしても食べたい料理があるからと、川沿いのレストランに入った。先生行きつけのお店で、オススメの鴨料理に舌鼓。皮がパリッと焼け、香ばしい香りが立ち込めるお肉に皆絶賛。しばし沈黙の時間が過ぎると初冬が差し込む日差しに満足気な顔が綻ぶ。

この後夜にかけ、また贅沢な時間が待っている。続く。

2017年11月14日 (火)

旅の思い出・欧州ヒッス撮りー「生存者・デッタさん」。

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プラハに着くとデッタさんが待っていてくれた。デッタさんは10歳の時テレジン(プラハ)という収容所に入れられ、アウシュビッツを体験しドイツのベルゲンベルゼンで終戦を迎えた。アンネ・フランクはここで生き絶えたがデッタさんは1000の幸運と1000の偶然で生き延びた。

野村路子さんはプラハに何度となく足を運び、デッタさんに取材をし何冊かの本にまとめられた。そのデッタさんが偶然にも我々のため一日お付き合いをしてくださることになったのだ。バスの中ではデッタさんの貴重な収容所の体験を聞かせてくれた。これは最初で最後の貴重なもの、体が震える思いで聞き入った。

テレジンとは野村さんの著書『テレジンの小さな画家たち』の舞台となった収容所。ここに15000人いた子どたち100人が助かったのだ。それには夢と希望を持って生きるんだと励ましてくれた画家や教育者がこのテレジンにはいたのだ。

「想像することは生きる力」。心理学者フランクルの書いた『夜と霧』でも言っているが人間には拠り所が必要という検証でもあった。

テレジンは今回の目的の全てを語る、スタートとなった地点である。

以前プレゼントした私の絵本をデッタさんは覚えていてくださり嬉しかった。デッタさんと野村さんとのスリーショット、私の一生の宝物となった。

2017年11月13日 (月)

旅の思い出・欧州ヒッス撮りー「移動日」。

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アウシュビッツの見学を終えると我々一行はクラクフの街へと戻った。ここで国立博物館で展示しているダヴィンチの「白貂を抱く貴婦人」を鑑賞。

その日、偶然にもそのクラクフで絵画展が開催されているというニュースが飛び込んできた。

強制収容所で収容されていた画家たちが、密かに残したという絵の展示会である。それも初めての公開という。予定にはなかったが急遽その会場へと向かったのである。

全て貴重なもので、命をかけ描き残したその絵には過酷な実態が如実に語り尽くされていた。

絵を観終えたその夜は、夜行列車でプラハへと向かった。クラクフの駅は近代的な明るさがあったが、プラハの駅は中世の面影をそのまま残ししっとりと佇んでいた。まるで博物館のよう。

ホテルまでの車窓の景色は6年前訪れた姿と変わらず、春江一也著『プラハの春』の情景が重なった。

2017年11月12日 (日)

旅の思い出・欧州ヒッス撮りー「アウシュビッツ3」。

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アウシュビッツにある第二収容所ビルケナウ「死の門」は、アウシュビッツ第一収容所からほんの僅かなところにある。いまは野花が咲き誇っているが、当時は命をつなぐため食べ尽くされ一本の草も生えていなかったという。

以前野村先生がこんな話をしてくれた。「綺麗な野花を抜くとね、根っこには白いものがついてくるのよ。それはね、細粉された人骨なの」。

展望台から見下ろすビルケナウの敷地は、飛行場のような広大な草原である。そこにまっすぐ伸びる線路。先にはプラットホームのようなものがり、そこが最終地である。貨物列車から降りるとそこに待っていたのは、生と死の選別であった。

ビルケナウを去って、立ち寄ったレストランでのランチはポーランド風カツレツ。前菜として出された赤カブスープ。深く真っ赤な液体を目の当たりにしたとき、野村先生の話が思い出されスプンーを持つ手が止まってしまった。

2017年11月11日 (土)

旅の思い出・欧州ヒッス撮りー「アウシュビッツ2」。

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写真の手のアップは亡くなった方の名前を指している。映像を引くとこんなにも沢山の名簿(推定150万人)が展示されていた。いかに多くの方が殺されたかがこの場に立つとわかる。

ヨーロッパに1000ほどあった収容所。その代表格がアウシュビッツ。それもアウシュビッツは総称で実は三つに別れている。

第一収容所がアウシュビッツで強制収容所。第二収容場がビルケナウ「死の門」。第三収容場がブーナと言って奴隷労働収容所である。

アウシュビッツ構内にはガス室、焼却炉が完備され毎日煙突からゆらゆらと死の煙が空に吸い込まれていった。人種差別や戦争や偏見、憎悪、虐殺、殺戮、そして人間の尊厳を奪うあらゆる憎悪の象徴として残されている。

2017年11月10日 (金)

旅の思い出・欧州ヒッス撮りー「アウシュビッツ」。

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目を覆ってはいけない。これは過去に起きた出来事である。

負の遺産、アウシュビッツを訪れる人は少なかった。しかし世界情勢が緊迫感を持ち始めてきた昨今、ここを訪れる人は後を絶たない。

私が以前訪ねたのは6年前である。人も少なかったこともあってセキュリティもそう厳重ではなかった。今回改めて訪てみると、あまりの厳しさに驚いてしまった。空港の入国審査を受けるかのようなチェックが待っている。
ARBEIT MACHT FREI」。
偽りの「働けば自由になる」の表示をくぐり抜け中へと進む。赤煉瓦の棟が幾重にも立ち並び、一見住宅街のようにも見える。
しかしここには厳しい労働を課せられた人々を詰め込む収容所なのだ。働けぬものはこの棟に入ることすらできずガス室へと送り込まれた。
ホロコースト全体で600万人殺されたが、その中の150万人はこのアウシュビッツで殺された。
展示室のガラス越しに並ぶ靴、靴。殺された人々のものでこれでもほんの一部という。モノクロームの写真は、労働に耐えられるかの選別風景。生と死の別れは彼らの指にかかっていた。
次回へ続く。

2017年11月 9日 (木)

旅の思い出・欧州ヒッス撮りー「トレブリンカ」。

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トレブリンカをご存知だろうか。映画「戦場のピアニスト」や「コルチャック先生」で知られる。ここはワルシャワから100キロ先にある収容所として使われていた。

敷地内には博物館があり、そこの資料で全容を知ることができる。収容所はすでにないがその模型が作られてあった。トレブリンカには焼却炉がなかっため大きな穴が掘られそこで何万人かが焼き殺された(写真・手前の穴に埋められ焼かれた。その奥の建物の手前にはグリルがある。その上に人を乗せ網の上で火あぶりの刑も行われた)。

処刑所の広大な敷地内には、処刑されるため詰め込まれ乗せられた貨物列車の線路、その枕木のモニュメントがある。そこに固まってなにやら説明を受けているイスラエル人。複雑な気持ちで通り過ぎる。

コルチャック先生を助け出そうとした人がいたが、先生は施設の子供が殺されるのなら自分もと率先し子供たちと一緒処刑場所に向かい殺された。そのお墓がワルシャワ市内のユダヤ人街にある(写真・コルチャック先生と子供達)。

それを見終えた時は日も傾き、背景には赤い雲が覆いかかっていた。どことなく心悲しい情景がいつまでも脳裏から離れない。

2017年11月 8日 (水)

「特別編、欧州ヒッス撮りー」。

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一眼レフからの写真がアップできず、SNSが途中でおろそかになった。

取り急ぎの報告として。ポーランドワルシャワ駅からドイツ・プラハ。プラハ空港からドイツ・ミューヘン空港へと移動し昨日午後無事帰宅した。道中SNSで応援してくださっ皆様方に御礼申し上げます。

今朝いつもより2時間寝坊し、ようやくPCに向かったて稼働したばかり。貯まった懸案を徐々にこなしながら少し旅の思い出をアップしたく考えている。

ここ富に世界の空港が近代化され、さらに綺麗になった。そんなことも含めアップできたら。写真はチェコのプラハ空港。

«今日の朝撮り「いよいよ雲隠れ」。

フォト

著書発売のお知らせ

  • 河北新報出版センターから『愉しくなくちゃ絵ではない』が発売されました。  ゆるかわの小鳥さん夫婦がヨーロッパの街をご案内します。 癒される一冊です。 著者/前田優光。

メルヘンの世界

  • 踊り(ハンガリー・国会議事堂)060925掲載。
    ブログに使用した「挿絵」一覧

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