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2014年3月31日 (月)

今日の朝撮り・昔の名前で出ています。

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20年前の雑誌が出てきた。JALの機内誌「ウインズ」である。
すっかり忘れていた私の紀行文がその中に載っていた。ちょうどそのとき安野光雅さんの連載「ニューイングラントからの手紙」が始まったばかり。同誌に憧れの安野光雅さんとご一緒したことと、国内、国際線両誌に載ったということが嬉しくて欣喜雀躍したことが鮮やかに思い出された。
いまは「源氏名」で名のっているが、当時はまだ郵政職員の身であったので小林旭の歌ではないが「昔の名前で出ています」であった。本名でありながら本名が活字になっているこの恥ずかしいさは一体なんだろう。
JALの広報担当者から本誌が贈られてきたとき、一緒に手紙が添えてあった。
「前田さんが安野光雅さんのことを書いていたので、その旨先生にお伝えしましたらとても喜んでおられましたよ」。
まだ自分が何者であるのかもはっきりしていないときでもある。そんな心のダッチ・ロールをしていたころで、光り輝いている安野光雅さんが眩しく見えた。やがてその光に導かれ、絵の道へむかう運命が訪れようとは思ってもいなかった。

2014年3月30日 (日)

今日の朝撮り・寛大な本妻。

Img_1827_2                                                                                                                                             

Img_1828                                                                                                                                            
ラーメンに目がない。それはそうだろう、あるのは腰だろうと誰かに言われそうだ。
それはさておき、私は週末ともなるとラーメン行脚というほどラーメン好きである。
椎名誠さんが酒田(山形県)のラーメンがうまいとエッセイに書けば、宮沢賢治のように西に飛んでいき、なんていうことも日常茶飯事。
だが私の体には私なりの基本的な味が刷り込まれている。たとえ他店で浮気しても時間とともにまた基本とする本妻に戻っていく。
ある日その本妻が突然姿を消した。ビルの建て替えという。いつもどるか告示もない。失意のどん底を味わいながら仕方なく他店で浮気を重ねる日々を過ごしていた。
先日本妻の軒先を車で通り過ぎると、真新しい4階建のビルに花輪が並べられていた。するとどこからとなく人が集まりだした。咄嗟に開店という二文字が。
その日は仕事が控えていたので断念したが、昨日念願叶って本妻の元へと走ることができた。もう浮気をしませんと誓いながら久し振りにすするラーメン、涙がでるほど美味しかった。
2年振りの復活。流石本妻、いままでの浮気を攻めるわけでもなくいつもの無愛想な顔で迎えてくれた。客に媚びぬところもまたこの店ならではの味である。
写真・徐州楼(大正11年開業)。マスコミ嫌いなのかほとんど口コミ。有名人、芸能人も多く出入りする。

2014年3月29日 (土)

今日の朝撮り・抱っこ。

Img_0462_3                                                                                                                                          

今朝の新聞によると、全国で児童相談所が受理した虐待の相談件数が1400件近く(12年度)あるという。
度を越すと生命の危機に至る。そんな悲劇をニュースで聞くたびこの本が思い出される。
元新聞記者であった鴨居羊子さんの本『女は下着でつくられている(発行・国書刊行会)』の中にある「お母さんが抱いてくれた」というエッセイである。
一部抜粋。
「小学生のとき、母が、こんど成績がよかったら、ホービにお母さんが抱いてあげますよと言った。中省略・成績の上がった通知簿をみせにいくと、母は薄暗い玄関脇の屏風にかくれてひざまずきその前に立った私の腰をもってひょいと上まで上げ、そしてポンと床へおろした」。
そしてお母さんがその子に、誰にもこのことは内緒よと言うのだ。嬉しさのあまり、その子はお母さんとの約束をどうしても誰かに言いたくて犬の与八に教えるのである。
その子にとって、忙しく働いている母、いつも怖い母に抱っこしてもらえた事が嬉しくて嬉しくてたまらい。その様子が見事に描写されているのである。
昔そんなことがあったなぁ、とふと幼かった自分を重ねてみた。子供にとって親は最高なのである。核家族となり人と人との触れ合いがなくなったいま、この「抱っこ」に大きな鍵があるような気がしてならない。それには社会問題として家族単位の見直しも必要なのでは、なんて思ったりした。

2014年3月28日 (金)

今日の朝撮り・執念。

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各紙のトップは袴田さんの釈放記事で埋まった。
48年もの厚い鉄の壁がようやく開かれたのである。死刑を言い渡され恐怖にさいなまれた半世紀は想像を絶する思いである。
「俺は無実である」という信念が、長い拘置生活での心の支えだったのだろうか。
すぐさま頭に浮かんだのがアウシュヴィッツで生き残った100人の子供たち。絶対に生き伸びてやるんだという執念は人一倍強かったという。それには絵や詩をかいては創造する力を養ったことである。創造する喜びは生きる力となったのだ。
東日本大震災後、私はその実情を見たくポーランド・アウシュヴィッツを訪ねた。家畜以下の扱いをされ、そのすざましい現状を見て唖然としたが絶対生き延びてやるという執念が自分を支えてきたことを垣間見たような気がした。
袴田さんの残された人生、最高に素晴らしいものであるよう祈らずにはいられない。
写真・今朝7時撮影。近所の公園にて。
鐘のなる塔に霧に霞む太陽がおぼろげに顔を出した。その情景がアウシュヴィッツの情景にあまりにも似てドキリとした。

2014年3月27日 (木)

今日の朝撮り・余技こそ血肉。

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宮本武蔵を読んでいるがなかなか進まない。
8巻中(講談社、著・吉川英治)いま漸く3巻を終えたばかりである。阻害する要因は次から次へと触手をそそる本が横槍として入ってくるためだ。
宮本武蔵はほとんど吉川英治の創作と言われている。資料がそう残っていないからだ。その貴重な資料に宮本武蔵の別の顔が見られたのは面白い。宮本武蔵は画人でもあったという事実の痕跡だ。
アップした絵は水墨画の「枯木鳴鵙図(こぼくめいげきず)」。余技に描いたというが、日本美術史上からも逸することのできない作品ともなっているのである。
千日の稽古を鍛とし万日(まんじつ)の稽古を錬とする(五輪書より)」。剣に通じる道は余技にも通じていた。「一芸万能二通ズ」である。
当時は我が仕事に深みを持たせるため、余技も本格的に学んだという。余技を遊びとしようとする我が身が愚かにみえる。反省しきり。

2014年3月26日 (水)

今日の朝撮り・萎んだ蕾。

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24日、最後の灯火が消えた。
石巻の荻浜小学校が休校となった。震災直後の7月作家の野村路子さん、歌手の西山琴恵さんと訪ねたことがる。
お絵かきと、お話と、歌をプレゼントさせていただくととっても喜んでくださった。子どもたちが描いた絵は、昨年若田さんのいる国際宇宙センターに打ち上げられた。
昨年も訪ねた。悲しいことに生徒の減少で来月休校となってしまう。
震災前21人いた児童が、震災後4人になってしまった。24日の卒業式では直子ちゃん、祐子ちゃん、さくらちゃんが壇上で卒業証書をもらった。4年生の恵ちゃんは4月から別の小学校に通われる。
卒業式に立ち会えなかったがテレビで見る限りみんなひとまわり成長され安心した。
廃校ではなく休校ということがせめてもの救い。復興し浜辺にまた人が集まればいつかまた校舎から児童の声が聞こえてくるのだ。
訪ねたとき歌ってくれた「学校の坂道」がいまだ忘れられない。ディスプレイがなぜか潤んで見える。
写真・荻浜小学校にて撮影。震災後ばらばらになった児童もかけつけてくださり、一緒に楽しい時間を過ごした。

2014年3月25日 (火)

今日の朝撮り・一青窈(ひととよう)。

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2,3日前「笑っていいとも」に出演していたと思いきや昨日からはオランダ。
多忙極める安部首相のスケジュールはまさに分刻み。二回目の首相になってからは特に海外訪問が多くなった。
オランダは先日話題になった「アンネ、フランク」、「フランダースの犬」そして「ミッフィー」でおなじみ。
今回の会議会場はハーグ。ハーグにはマウリッツハイス王立美術館がある。ここではフェルメールの傑作「真珠の耳飾りの少女」を観ることができる。
私が訪ねたときは運良く、観光客は誰もいなかった。展示されている2階に上がると照明が薄く落とされ、復元されたばかりの絵が透き通った海の輝きを思わせるように光を放っていた。
手をかざせるほどの距離まで近づくと、うるんだ瞳が語りかけてくるようだ。独り占めという興奮で胸が高鳴り正視することができなかった。オランダと耳にするたび、そんな情景がつい先日のように思い出されるのである。
絵・「マウリッツハイス王立美術館」正面。なぜか描いた絵は一青窈(ひとと よう)になってしまった。

2014年3月24日 (月)

今日の朝撮り・春一番。

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今日は彼岸の明け。
暑さ寒さも彼岸まで。まさに暦通り春の日差し。仙台も漸く春一番を迎え日中は15度を超えるという。
早朝ジョギングをしていると、草むらから小さな鳥が飛び出した。
雲雀である。この鳴き声を聞くと例年のごとく私の頭のセンサーがああ春だ、と切り替わる。
雲雀を見かけるといつも思い出すのが、自分で書いた拙い詩。35年ほど前書いたものだ。
一度アップしたことがあるが、再度恥と頭をかかせていただく。
……雲雀……
「足音に驚ろいたのか、草むらから小鳥が飛び立った。
雲雀である。
雀やツバメなどと比べ、なんとも頼りなげな飛びかただ。
美しい飛翔とはお世辞にもいえない。
不器用に羽をばたつかせ、まるで壊れた玩具だ。いまにでもゼンマイが切れ、すっとんと落ちてきそうだ。
また、なんて騒がしい鳥なんだろう。
飛びながらペチャクチャ、ペチャクチャとひっきりなしに喋っている。
着地といえば、ただ羽を大きく広げ、落ちるに身を任せるだけである。
一瞬空から布切れでも落下してきたかと錯覚する。
飛び上がるときがまた面白い。
左右の羽をめちゃくちゃに動かし、七輪から灰でも舞い上がるように上昇していくのだ」。
おあとがよろしいようで。

2014年3月23日 (日)

今日の朝撮り・自筆の持つ力。

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仙台文学館で毎年「100万人の年賀状展」というのが開催されている。井上ひさしさんが館長であったころ見にいったことがある。
井上さん自らも沢山の年賀を披露されていた。名の知れた方々ばかりの自筆のはがきだけに圧巻であった。
文面を読むにつれ相手のひととなりも垣間見える。吐息までが伝わってくる。メールでは決して感じ得ない自筆ゆえのものだろう。
金釘流の私は自筆は極力避けていたが、このとき初めて自筆の魅力に惹かれた。
ただ時間がないときは面倒、とつい逃げ腰になってしまう。特に長文となるとなおさらだ。だがそれを払拭させ見本となるべき文面に出会った。
それは師とする画家安野光雅さんからいただいた手紙である。シンプルだがそれが妙に不思議な感覚にとらわれた。書き手の温もりがふつふつと湧き出てくる。そんなお葉書を何度かいただいたが、この1枚は私の宝以上のものとなった。短い文面からその先生の顔さえも浮かんでくる。
安野光雅さんはいつもひょひょうとされ、ユーモアたっぷりにお話をされる。「強敵」などという言葉は安野さんのユーモアからひょいと出た言葉であろう。私が逆立ちしても勝てっこないことだが、でも巨匠安野光雅さんの口から出た言葉だけにこれ以上嬉しい事はない。
描けずにいるとき、これを見てはいままで何度も壁を乗り越えてきた。

2014年3月22日 (土)

今日の朝撮り・信じてぇ。

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3月15日付けの朝撮り「冬季パラリンピックに行ってきたよ」と書いたら、うそぉーという言葉がいくつか返ってきた。それもスキーのコーチで、なんてというとますます信憑性がないようだ。
意地でもさがすぞぉ、と見つけた写真がこのスキーの写真。うふふ、どうぉ。
ゴーグルと、サンブラスをしているから顔がよくわからないが、まぎれもなく全日本スキー連盟の指導員をしていた頃の写真である。
スキーウェアだって古さを感じずまだまだいける。
そのころの憧れのスキー場といえば、白馬八方尾根(長野)、苗場(新潟)、安比(岩手)、ニセコ(北海道)だった。すべてパラレルターンで軌跡を残してきたが、この写真は安比で撮影したもの。
高速の4人乗りリフトに身を任せると、どこからともなくユーミンの歌が降り注いでくる。山頂につくことには気持も高ぶり、あとは一気に滑り降りるだけだ。ああ青春だったなぁ、いや中春だったなぁ。

2014年3月21日 (金)

今日の朝撮り・カリスマ。

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今日は春分の日。「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日だそうである。
ふと浮かんだのが愚息のこと。
彼はまさに自然と戯れ、時代の寵児とは程遠い人間である。都会が嫌いで田舎大好き人間。仙台の学校を出ると都会は合わぬと日本海側の小さな町の学校に入る。
子供の時は虫や小動物が大好きで、地元のテレビ局で追っかけまでされた。のち魚に興味を持ち高校時代は自転車で往復30キロ以上もある海に苦もなく飛んでいく。
日本海側の学校を出ると、一旦仙台に戻ったがやはり都会は合わぬと今度は山形県の内陸にある会社に勤めだした。魚を扱う会社だが変わったことに高校時代から魚の三枚おろしはお手のもの。ナマズでもブラックバスでもなんでも解体する。食えといえば蛇だって食うやつである。
子は親の背中を見て育つというが、真逆の方向に進んでいる特異な子供をみて諺なんて当てにならぬと思った。
会社の出張で先日仙台の野外販売にきた。過去にない売上を出し、会社からはおまえは「カリスマ」かと言われたそうだ。
帰りしな我が家へ寄った。なにをしていったかと思えば猫の額ほどある母(彼から見て祖母)の畑をもくもくと耕し、さっと山形へ帰っていった。
「うちの孫は不思議な子だね」と母の一言。当然誰しもが認める。二十歳過ぎたばかりの子がそんなことする。
マーク君にあやかり「ゆんちゃんカリスマ不思議な子」と私は詠んだ。
絵・愚息。「右手に似鯉、左にスコップ アアアアアア(沢田研二)」。鯉は鯉でも恋して欲しいのだが。お父さんを見習って(笑)。

2014年3月20日 (木)

今日の朝撮り・嬉しいお便り。

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Facebookのお友達、Kさん(埼玉)からお便りをいただいた。
「毎日、前田さんのブログ楽しみにしています。シール作りましたので良かったら使ってください」。
いやぁ、舞い上がるほど嬉しい。
3月10日アップ「今日の朝撮り・豆で達者」の私の切手図柄を「切手もどき」にし作って(写真上)くださったのだ。
昨日届いたばかりのほっかほか。鮮度が落ちないうちに早速今朝のコラムでご紹介させていただいた。
写真下左は小さなファンからいただいたお葉書。ひかりちゃんという可愛い子が個展会場に訪ねてきて、私を描いてくれた。その子へのお礼に、Kさんが作ってくださった切手を貼って(写真下右)送ろうかな。

2014年3月19日 (水)

今日の朝撮り・安らぎ。

Photo

昔は馴染みの店というものを誰しもがあった。飲み屋にしろカフェにしろそこ行けばいつもの馴染みの顔がそろっていた。そこにいけばいろんな情報も聞けたしなにより店主との四方山話が愉しい。
時代とともにそんな店も姿を消した。あってもチェーン店に変わり店主が客のお相手などということはまずない。
そんな世上の中唯一当時の古き趣を持った店が仙台にある。我々作家仲間が集うカフェ&ギャラリーガレというお店だ。
往年は女優! と見間違えるほどの美人ママがいつも我々を迎えてくれる。
物溢れる時代。だが人間は「物」を求めてその店にいくのではなく「者(人)」を求めていくものだ。だからいつも店は沢山の個性豊かなアーティスト達で賑わっている。
かつてのパリのモンマルトルはそんな人で溢れていた。ここを私は「杜の都のモンマルトル」と読んでいる。
ここにくればあの人に会える。ここにくればいろんな情報が入手できる。小さな店内に宝物がぎゅっと詰まっているのだ。
パートナーとして新しく入ったYさんは、ファションにも造形が深い。お洒落なシャツにビシッと決めたネクタイ姿は瀟洒なお店によく溶け込んでいる。
この店に入るたび、日本が失ったものを取り戻してくれたかのような心の安らぎをお覚えるのである。
写真=カフェ&ギャラリーガレ正面。店内、私の個展の時イベントとしてシャンソンを歌ってくださった歌手の須田賢一さん。撮影・前田優光。
 

2014年3月18日 (火)

今日の朝撮り・刻苦勉励。

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最近二宮尊徳(金次郎)の像を見かけなくなった。
気になったので調べてみると、「本を読みながら歩くのは危険だから」という理由で撤去されているという。ほんとうならなんと幼稚な理由なんだろうかと呆れてしまった。スマホを操作しながら、事故が多発しているのとはまたわけが違う。
二宮尊徳は貧しい少年時代を過ごした。いつか立派な人間になろうと寸暇を惜しみ勉強に励んだ。なんとも美しい。
話がそれるが二宮尊徳は一体どんな本を読んでいたのだろうか。わかった。渓百年(たにひゃくねん)著の『経典余師(きょうてんよし)』だった。
余師とはより多くの先生。我以外すべて師として学んでいたのだろう。この本を読み潰しては貧しいながら二度もこれを購入している。よほど学ぶところがある本だったに違いない。
なにげなく友人である写真家大沼英樹さんの『千年桜写真集(窓社)』を開いて驚いた。それに二宮尊徳像(岩手県岩泉町小本小学校。震災の年に撮影)が写っているではないか。
津波にも負けず、校門の端で何事もなかったかのよう一心不乱に本を読んでいる。その健気な姿に希望の光が見えてきたような気がした。

2014年3月17日 (月)

今日の朝撮り・美を感じる

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東京の桜、昨年は16日開花したそうだが今年は平年並みの25日頃の予報。ちなみに我が仙台は4月20前後とか。
花の便りを聞くとある人物の一節が思い出される。
「美しい花がある 花の美しさという様なものはない」これは文芸評論家の小林秀雄が言った。ようは「花の美しさ」ばかり分析し、知識をひけらかすお喋りを批判しているのだ。
小林は音楽でも絵でも勝手に批評しているのをあまり好まない。感じることが大事、人がどうこういうものではないと言っているのだろう。例えばゴッホの原画より複製のほうが良いと感じればそれでもいいのだという。
「絵や音楽が解(わか)るというのは、絵や音楽を感じることです。愛することです」ということからもなんとなく小林秀雄の美に対する思いが伝わってくるような気がする。
うまい絵=おしゃべり。観ている者、聴いている者おのおのがそれぞれの思いで頭の中で考え遊べるものが本当の美、そう私も思えるようになった。
他を見ず、自分の生の実感を大事にしたい春ももうすぐ。

2014年3月16日 (日)

今日の朝撮り・活字が立つ。

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モノを書く者の末席の末席にいる身として、これらの類の本がでるとすぐ飛びついてしまう。
特にノンフェクション好きでぞくぞくしてしまう。近年これらの本のドラマ化も多くなった。映像は苦せず理解できる利点はあるがどうも観たあとしっくりとこない。作り手に押しつけがましく見せられているという気がしてならないのだ。その点活字は違う。
今回発売された『記者たちは海に向かった』(門田隆将著。角川書店)は、ぐんぐんと物語の中に引きこまれてしまう。ジャーナリストである門田氏の文章はスピード感があり読むものを飽きさせない。理路整然と説明をする新聞記者の文体と違って活字が立っている。
物語は福島の沿岸部が舞台。私も何度か行ったところでもあり、自分がその場にいるかのような臨場感がある。
この本の中で24歳という若き記者が尊い命を落としてしまった。かりに自分が記者であっても、当然津波に立ち向かっていたであろう。今の自分は、本に出てくる「偶然とが重なって、命を拾った」に過ぎない。
読み終わってもまだ震えが止まらない。これが活字の持つ力か。

2014年3月15日 (土)

今日の朝撮り・パラリンピック、行ってきたよぉ。

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明日で、第16回ソチ冬季パラリンピックが閉幕する。
もともとこのオリンピック、1948年「身障者のスポーツ大会」としてリハビリを目的として始まった。
パラリンピックと名前が変わったのは1988年で、夏季と同都市で開催されることになったのもつい12年前のこと。
実はこの大会の始まった初期、私はこのオリンピックに参加したことがある。
正式名「第三回身体障害者冬季オリンピック」インスブルック(オーストリア)での開催であった。
私はそのとき全日本スキー連盟の指導資格を持っていたので、健常者としてコーチでお伴させていただいたのだ。
まだいまほど社会に浸透しておらず関心も持たれなかった時代。だから取材などもそう多くはなく、唯一追っかけ取材をしてくれたテレビカメラなどはまだフイルムを使っていた。途中黒い布を被ってフイルム交換をしていた光景など脳裏に残っている。
当時を思い出す資料はないものかと探すと、色あせた写真が出てきた。
パリの空港でチロリアンハットを被り、おのぼりさんをしている自分。胸に日の丸を付けたブレザーやウエアー姿の自分。室内での開会式の模様などだ。
すっかりセピア色になってしまた思い出だが、二度と味わえぬ人生の感動をいま再度噛み締めている。

2014年3月14日 (金)

今日の朝撮り・どうぞご賞味あれ。

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今日はホワイトデー。
残念ながら蟄居生活の身、なかなか外に出てチョコやお花など女性に贈る機会がない。せめてこのコーナで私の絵をプレゼントさせていただきたく思う。
絵はニュルンベルク(ドイツ)の「カイザーブルク」。
皇帝が滞在した城で、街のランドマークともなっている。城壁に上がるとニュルンベルクの木組みの瀟洒な街並みが一望できる。
ホワイトデーにちなみ白を基調とした。そして周囲をゴールドの線で包み込んだ。よかったらどうぞご賞味あれ。

2014年3月13日 (木)

今日の朝撮り・アジアの星。

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「人生ニコニコ顔で死にものぐるい」。この言葉を春山満さんという方から教わった。春山さんは24歳で進行性筋ジストロフィーを発症し「車いす社長」として知られるようになった。
2年前ネット上で初めて春山さんのことを知った。インパクトのある話を聞いて大きな衝撃を受けた。春山さんは会社経営をしながらラジオ、テレビ、ネットライブなどで活躍されている。アメリカで「アジアの星25人」にも選ばれた。
春山さんの見識ある話は、聞くものの心を震えたたせるすごい力がある。ぶれていた私の心に自信を与えてくれた人でもある。そして先哲、先達からの学びの喜びを教えてもくれた。
あの驚異なる知識は現代のアインシュタインにも見えてくる。還暦を迎えたばかりの10日後、春山さんは私の入院中(2月23日)他界された。
あのラジオ、あのライブをもう聞くことができなくなった。やしきたかじんさんもそうだが、いまのこの体たらくした日本に物申す人がまた一人減った。残念である。安らかにお休みください。
春山満さんの情報は、Facebookを始めネット上で検索できる。YouTubeのライブ「一燈照隅」は必見。

2014年3月12日 (水)

遅くなった、今日の朝撮り! ・もしも、あのとき……。

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震災から3年が経った昨日、今朝もそんな記事で紙面が埋まる。ことの重大さを改めて知る。
遺児、孤児の多さ(1739人)にはことのほか胸が詰まる。
一人でも多くの命を救おうと、自分が犠牲になった人も数知れない。責任感の強い人だったに違いない。
この絵は震災の前の年、三陸沿いの海岸を新聞の取材で訪ね描いたときのもの。岩手県遠野から釜石、大船渡と海岸沿いをバイクで走りたどり着いた唐桑半島(宮城県・河北新報連載2010,8,9掲載)の漁村である。
震災後再び訪ねてみた。絵にあった家々は姿を消し景色も失われていた。絵の取材時、もしあの津波がきたらどうしただろうかと自分に問いてみた。
好奇心旺盛な性格、そのうえ取材にきているという意識がきっとカメラを構え撮影に没頭しただろう。一瞬、体の芯が凍りつく戦慄が走り抜けていった。
この絵は私の宝。忘れないよう、PCディスプレイの背景画ともなっている。

2014年3月11日 (火)

今日の朝撮り・あれから3年。明日が見えない。

Img_6983                                                                                                                                          

ただいま朝の7時46分。いまだったら言える。大きな声で。
「みなさぁん、聞いてください。7時間後想像もできない津波がここを襲います。地震を感じたらすぐに逃げてください。お願いです。嘘ではありません。必ず必ず逃げて く だ さ いー」と叫んだだろう。
しかしそれも叶わない。
神様だって叫んでやれなかった、3年前の東日本大震災。想像を絶する天変地異に見舞われた。瓦礫は片付いたものの人がいなくなった沿岸部。人災ともいえる原発。戻りたくとも戻れないもどかしさ、悲しさ。こんな理不尽な気持ちどこにぶつければよいのか。
被災地にいながらにして、なにもしてやれないこのもどかしさ。
写真は震災後現場に行って現状を記録した1枚。写真の手前に写っているのは路上に敷かれた蒲団。亡くなった方を一時安置されていたのだろう。朽ちた花が痛々しい。涙でカメラのレンズが曇った。昨日のように蘇る。
忘れてはならない。震災の事実を風化させないためにもこのようにして私は発信していかなければならない、と考えるのだ。
今朝の仙台は小雪が舞う天気で始まった。震災後同様、確かな明日が見えてこない。
2時45分で時間が止まればよいのだが。黙祷。

2014年3月10日 (月)

今日の朝撮り・豆で達者。

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今日の朝撮り・豆で達者。
来月から郵便料金が消費税法改正に伴い値上がりする。切手の値上げは20年振りという。
50円、80円がそれぞれ2円あがり更に2円切手が復活(11年振り)する。OB職員としていつも郵政に物申してきたことがある。切手のデザインがいまいち、ということをだ。
今回の改正で多少改善はされたものの旧態依然センスが問われる。遊び心、感動、愉しさすべて欠落していると言わざるを得ないのだ。
手紙離れが著しい昨今。一方味気ないメールから、筆記用具で書く手紙の面白さを感じ始めた若者が増え出してきているという話もきある。それこそ郵政は消費者のニーズにもっと真摯に取り組む姿勢が欲しい。
ならばと私がこんな切手を作ってみた。
前田さんというと豆を思い出す、と入院時誰かが書き込みをしてくださった。それをヒントに「豆で達者」というお便り切手を作ってみた。どう、みなさん使ってくださる(笑)。
2円切手の図案も楽しみにしてくださいね。

2014年3月 9日 (日)

今日の朝撮り・情報は一冊のノートに。

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この写真は5年前から続けている日記(備忘録)である。現在55冊目に入ったが、これいがいと重宝している。
このアイデアは『情報は一冊のノートにまとめなさい(奥野宣之著)』から学んだ。A6の100円ノートには約一ヶ月程の日記が記されている。
以前は、資料もアイデアもメモもバラバラに保管していた。いざ使用したいときにどこになにがあるか探すのに苦労していた。その情報すべてをこの一冊にまとめることによって、煩雑さがなくなった。それをIT機器と両立して使う。
日誌に記したそれぞれの内容をPC等に入れる作業があるが、それは各項目だけの一部だけを月日とともに入力する。例えば「アイデア」と検索すれはどのノートにいつどこでなにを書いたかが瞬時にしてわかる。
検索機能はエバーノート(無料)をダウンロードし使用。クラウドだからMac、Window、携帯、iPadのどれとでも共有できる。優秀な秘書をいつも連れて歩いているようなものだ。記憶力の乏しい私などは、うろ覚えの言葉などどこででもチェックすることができるのでストレス解消にもなる。デジタルとアナログのコラボこれ最高、お薦め。

2014年3月 8日 (土)

今日の朝撮り・怪物の脳。   


No_5

アインシュタインの直筆の草稿や手紙が公開された。そのアインシュタイン、仙台にも来ていることは意外と知られていない。
仙台は牛タンが有名。だからアインシュタインがベロを出しおどけたのか。いやいやそんなことはあるまい。
仙台では松島を観光し、「荒城の月」の土井晩翠にも逢っているというから仙台人として誇り高い。
昨日「アンネフランク」について書いた。ユダヤ人の虐殺。そのユダヤ人の知性は別格高いという。体はマルクス、心はフロイトそして頭脳は怪物の脳と言われていたアインシュタイン、その彼も実はユダヤ人であった。しかし戦争当時はすでにアメリカに国籍をとっていたためナチスの手を免れた(私の想像)。
アインシュタインの目に、松島はどう写ったのか聞いてみたい。「教えない、あっかんべー」って言われるのが落ちかな。
 
絵・松島=新聞連載作品。ただいま版画にて販売中。しっかり宣伝(笑)。

2014年3月 7日 (金)

今日の朝撮り・アンネフランク。

Img_0011                                                                                                                                       

心なきものに「アンネフランク」に関する本が破られた。
これらの本は私にとってとても大事な本である。『アンネの日記(文藝春秋)』は我が師と仰ぐ安野光雅先生が表紙を飾っている。そして『15000人のアンネフランク』は、被災地支援で一緒に同行している作家の野村路子さんの著書でもある。
「15000人のアンネフランク」とは、アウシュビッツに消えた子どもたちをアンネフランクに例えたのであるが、この悲劇から沢山のことを私は学んだ。そのことが東日本大震災に重なるものがあり、野村さんと沿岸部の子どもたちの支援活動をさせていただいている。
『フリードル先生とテレジンの子どもたち(同じく野村路子著)』のあとがきに私のことを少し記してくださっているが、野村さんは私を「東北のフリードル先生」と読んでくださっている。フリードル先生とは、ナチスの目を盗み収容所で子どもたちに絵を教えていた人である。
今回の事件は単なる器物破損ではなく、歴史の汚点を直視し、偏見に基づく差別をなくそうとしてきた先人の人々の努力を踏みにじる行為と思う。日本の恥でもあって早い解明が待たれる。

2014年3月 6日 (木)

今日の朝撮り・さっきの おてがみ ごようじ なあに。

Dc042702                                                                                                                                             

「しろやぎさんから おてがみついた くろやぎさんたら よまずにたべた……」、先日亡くなったまどみちおさんの歌である。
私もこれに似た経験をしたことがある。
私の絵を観てくださった国内線のスッチーから、お手紙をいただいた。たまたまその日は大雨。郵便受けまで雨がしみこんでいる。何通かのDMは無事であるが、万年筆で書かれた彼女の手紙はすでに雨に流され文面が消えてしまっている。
読めないとなると気になるものだ。意を決し航空会社に電話を入れその旨を伝えていただいた。
「やぎさんゆうびん」では最後までその内容がわからずじまい。
でも私にはブルーのインクで書き留めた麗しき手紙が再度届いたのである。嬉しくて天にも昇る心地。暫くそれを手にとっては大空を仰ぎ、飛行機雲が消え去るまで見つめていたものだ。まどさんの歌を聴くたび、甘くほろ苦い思い出が脳裏をよぎるのである。
さっきの おてがみ ごようじ なあに。
絵・農村(やぎじゃなく羊になっちゃた)。

2014年3月 5日 (水)

今日の朝撮り・生きているかい? N03−3

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住めば都とはよく言う。いままで3回ほど入院したことがある。入院するときのこだわりとして相部屋が条件。人間ウオッチングができるからだ。
エッセイのネタ探しをするのに最高の場所である。寝ながらにしてネタが点滴のようにカーテンの上から降ってくる。
そのネタではないが、今回は6人部屋。ベットと猫の額ほどのスペースが与えられた。そんな狭さであっても時間とともに慣れ親しみ、いとおしい寛ぎの場所となってくる。
あの正岡子規が『病状六尺』で人間一畳あれば十分、といって愉しんでいた。それから考えれば私など「病状十二尺」。正岡子規の倍ものスペースがある。
すべて手の届くところにあり何かと便利このうえない。さらには暖かい3食の食事と昼寝付き。リクライング式のベット、ナースボタンを押せばご主人様とばかり看護師が飛んでくる。
ものは考えよう。縁のないファーストクラスの生活を愉しんできたと思えば入院生活もまた楽しい、と思うのだ。

2014年3月 4日 (火)

今日の朝撮り・生きているかい? N03−2

Img_0012                                                                                                                                          

入院時は大雪に見舞われた。私のベットは2回の窓際にあった。そのガラス窓が外と内を「悲喜」という字で仕切っている。
だがその日ばかりは外も初春から真冬に戻ったグレーの世界に転じ、一緒に悲しみを背負ってくれているかのようだった。目に入るのは屋根に積ったもっこりとした雪。
しかし手術を終え快復に向かうと同時、春の日差が屋根の魂雪をも解かしはじめ、退院のときはすっかりとなくなった。この定点観測が日々のたわいのない楽しみであった。不思議なくらい、雪の解け具合と快復の兆しが同じだったのでその雪が励ましの雪でもあり「悲観」という心の塊だっかのように思えてならない。
明後日ごろからまた寒さがぶり返すという。三寒四温の繰り返し。季節も人間も自然そのもの。おごり高ぶることなく自然と一体となり生きていこう。
写真・先月、大雪のバンカーに捕まった愛車ゴルフ(笑)。

2014年3月 3日 (月)

今日の朝撮り・生きているかい? N03−1

Img_1765                                                                                                                                          

「生きているかい?」
これは医師であり作家の南木佳士さんの本の題名である。
しばらく日常の裏側にいたので、表に出てくるときの恥ずかしさをこれで誤魔化している。
皆さん、こんにちは。
入院時皆様から励ましのエールやお見舞いのメール、お手紙を沢山いただきながらお返事もできず心苦しく思っていた。どうぞご勘弁を。
お一人おひとりの文面を、ベットの中で何度も何度も読ませていただいた。それが心の支えとなり、人生の途次である障害とい大きな山を乗り越えることができた。いまこうやってまたここに戻れたのがなにより嬉しい。
本当に心から御礼申し上げる。
元気な証拠にサラ川から一句。
「同窓会 名前出ないが 盛り上がる」
退院しSNSに戻ってきたものの「あれぇ、あんた誰だっけ」なんて言われるような気がしてならないが、川柳のようにまた愉しい「朝撮り」お付き合い願えれば嬉しい。

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